外国人問題について
外国人住民との共生と、地域の安心を両立するために
私が外国人問題をなぜ取り上げるのか、ここでは詳細にお話ししたいと思います。
現在、日本政府は技能実習生、高度外国人材、留学生など、多くの外国人を受け入れる政策を進めています。 日本国内に外国人が増え続けることについて、賛成・反対を含め、さまざまな意見があることは承知しています。
しかし、どのような立場で議論をするにしても、その間にも、外国人を受け入れ続ける最前線に立っているのは各地方自治体です。 国の制度によって外国人が日本に来る。 しかし、実際にその方々が暮らし、働き、地域住民と関わる場所は、東京の霞が関ではなく、それぞれの市町村です。
だからこそ、どのようなスタンスであれ、日本に来た外国人が地域社会に溶け込めるよう手助けすることは、 まず地方政治の重要な役割であると考えています。
東広島市では、現在、人口の約5%以上が外国人であると言われています。 一方、私が長い時間を過ごした神戸市中央区では、人口の10%以上が外国籍であると言われています。 帰化された方も含めれば、外国にルーツを持つ住民はさらに多くなります。
東広島市は、自治体と住民の方々の努力により、外国人の受け入れに一定程度成功している自治体だと思います。 一方で、全国を見れば、少なくない自治体が、外国人住民と地元住民との摩擦に頭を悩ませています。
私が卒業した神戸市立こうべ小学校では、「ふれあいフェスティバル」と呼ばれる催しが毎年行われていました。 外国にルーツを持つ保護者の方々が、自国の文化や伝統を紹介する行事です。生徒は、好きな国の催しに3つまで参加することができました。
ちなみに、当時の私の黄金ルートは、韓国、中国、イランでした。理由は、チヂミ、餃子、チャイとデザートが出るからです。
神戸は港町として開港し、長い時間をかけて多文化共生の街を築いてきました。 外国の文化が地域に自然に存在し、それを子どもの頃から当たり前のように体験できる環境がありました。
しかし、急速なグローバル化の中で、突然外国人口が増えた地域ではどうでしょうか。
私の経歴を見れば、宗教問題を学んだこと、海外経験があること、外国語に触れてきたことなどから、 外国人問題に対して「優しさ」や「理解」を重視する人物だと感じられるかもしれません。 もちろん、それは間違いではありません。 しかし、私自身が海外で「外国人」として生活する中で強く学んだことがあります。
それは、外国人として他国で暮らす以上、その国の文化、マナー、ルールを尊重し、適応する努力が必要だということです。
多文化共生は、美しい理想です。 しかし、日本人が世界中の文化や宗教をすべて理解し、それぞれに合わせ続けることには限界があります。
大切なのは、日本人だけが一方的に合わせることでも、外国人だけを排除することでもありません。 移住してきた外国人が、その土地のルールや風習を理解し、一日でも早く日本社会の一員として溶け込めるよう、 制度として手助けすることです。
私は、それこそが地方政治に求められる現実的な外国人政策だと考えています。
私が経営するカフェには、多くの外国人のお客様が来られます。 その中で、ある日来店されたモンゴル人の方との出来事が、今でも強く印象に残っています。
彼は、日本で就職することを夢見て1年間日本語を学び、日本での就職を目指していました。 しかし、採用には至らず、帰国前の旅行中に私の店を訪れてくれました。 私は彼に、日本での生活はどうだったかと尋ねました。すると彼は、こう言いました。
「たくさん差別された」
「日本は怖いですね」
私は、具体的にどのような差別があったのかを尋ねました。 彼によると、飲食店で動画を見たり、ビデオ通話をしたりしていると、「うるさい」と注意されたそうです。 そして、周りの日本人も同じような声量で話しているのに、自分だけが注意されたと感じた、ということでした。
これは本当に差別だったのでしょうか。 私は彼に、日本のマナーとして、公共の場所でイヤホンをつけずに音楽や動画の音を流すことは好まれないこと、 また、対面で話す時と同じような声量で電話やビデオ通話をすることも、周囲への配慮を欠く行為だと受け止められやすいことを説明しました。 そして、注意した人は、彼を差別したのではなく、日本の公共空間で求められるマナーについて指摘しただけなのだと伝えました。
その説明を聞いて、彼は初めて、自分が受けた注意が差別ではなかったことに納得してくれました。
私たちにとっての常識が、他国では常識ではないことは往々にしてあります。 同じように、外国人にとっての当たり前が、日本社会では受け入れられにくいこともあります。
問題は、そこに悪意があるかどうかだけではありません。 知らないことによって摩擦が生まれ、摩擦が積み重なることで、日本人側にも外国人側にも不信感が生まれてしまうことです。
だからこそ、これからも外国人口が増え続ける東広島市には、こうした問題に対する制度としての対策が必要不可欠だと考えています。
外国人の方々が日本で働き、税金を納め、地域社会で消費することは、地方だけでなく、日本全体の成長にとっても重要です。 しかし同時に、そこで暮らす日本人の安心も必要不可欠です。
- 外国人住民を受け入れるのであれば、日本のルールやマナーをきちんと伝える。
- 地域住民が不安を感じるのであれば、その不安を「差別」と片づけるのではなく、現実の課題として向き合う。
- そして、外国人住民が地域社会の一員として暮らせるように、行政が橋渡しをする。
この積み重ねによって、地域社会との摩擦を減らし、外国人の方々が本当の意味で日本社会の一員となることができます。
そして、いつか彼らが母国へ帰った時に、「日本は素晴らしい国だった」「日本人は素晴らしい人々だった」 と話してくれれば、それは日本国の評価を高めることにもつながります。
海外で外国人として暮らした経験があるからこそ、私は外国人の不安や孤独も理解できます。 同時に、外国人問題に対して、必要なことは必要だと毅然と伝えることもできます。 外国人への理解と、地域住民の安心。 この両方を現実的に両立させていくことが、私の強みであり、東広島市に必要な外国人政策であると考えています。